2016年6月27日月曜日

二元論が好き、死ぬほど。

90年代後半はみんながみんな援助交際について語っていた

00年代に入ってトレンドは風俗に変わった

10年代はアイドルについて語りだした

援助交際と風俗とアイドル

共通しているのは、どれも『割り切れないもの』ということだ

割り切れないのだから結論は出ない

つまりその議論をしている間は

誰も負けない

もちろん誰も勝たない


結論を出すだけが人生ではないし

結論を生まない議論が無駄というわけではない

でも、俺は二元論が好き

死ぬほど。



割り切れない問題というのは

一度は、誰かが割ろうとした問題だ

誰も割ろうとしてないのに「う~んこれは割り切れないなぁ~」と考えるのは嘘つきである

援助交際と風俗とアイドルを『割ろう』としたのは体制だ

割り切れない貴方達が嫌いな体制だ

しかし割り切れないことに気持ちよくなる貴方達なら

体制側の『割ろう』とする行為の中にも『割り切れない』部分があると認めるべきだ

割り切れるものが無いというなら絶対的な悪も無い

でも、体制は語られない。

やっぱりオシャレじゃないから??


気持ちはすごくわかる

俺も税制より松井珠理奈について考えたほうが楽しいし


そもそも問題を『割り切れないもの』として扱うのがしんどい

どうやって持ち運べばいいのソレ?

だって箱に入るならやっぱり割って切れてるでしょソレ

問題化した時点でトリミングされてるでしょソレ

この広い世界で『割り切れないもの』と出会うには

まず自分自身を『割り切れない者』にしとかないとダメなんじゃないの?

問題自身は割り切れないものでもそれを選んだ人がいちょう切りだったりブツ切りだったら

その問題はやっぱり『割り切られたもの』だと思いますよ

玉虫色に見えるのは私達の眼鏡が油塗れだからです


これから先はどんな『割り切れないもの』と出会うのだろうか

俺は全く楽しみじゃない

死ぬほど。


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